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2007年12月26日 (水)

道しるべ

過去は

背負うものじゃなく

生きた証という名の一本道


未来は

制限される事が無い

ここから広がる大平原


生きた証の中で抱いた

未来に向かって歩くのもいい


今この場所から

未来を描き歩き始めてもいい


あなた自身が想い望む

夢や希望が道しるべならば


「今」という道の先端を

しっかりと踏みしめながら

あなたらしく歩いていけるから


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コメント

今晩は♪前回のコメントへの返信
ありがとうございました☆

コメント内で書かれていた言葉を、
詩にされたのですね。

あそこに埋もらせておくのはもったいない、
素敵な言葉だと思っていたので、

自分のことのように嬉しかったです。

過去は1本道。
未来は大平原。

今の自分が、自分で道を切り開き、
いくらでも行き先を決めることが出来るんですね。

私が歩いてきた軌跡は、
ジグザグな一本道でした。

辛いときも楽しいときも、
ここまで来れたことを自信に、

私らしい沢山の未来の可能性を
選びながら、歩いていこうと思いました。

いつも、考えさせていただいて、
前向きな気持ちをありがとうございます!

投稿 ナギ | 2007年12月27日 (木) 01時12分

ナギさんこんばんは

ご訪問&コメントを
ありがとうございます。

人は誰しも一瞬一瞬未来に向かって
自分の道を切り開いているんですよね。

望む望まないに関わらず
人生って、未来の方向へしか
歩いていけませんからね。

ただその時、自分自身の心が
どこを向いているのかの違いで
未来の見え方が変ってくると想うんです。


前回の詩『希望』に
繋がってくる事なんですけど

夢や希望を抱けない時って
今の自分の状況や
今までの人生に囚われ過ぎて
自分を制限してしてしまっているんです。


今、認識できている「自分」と言うのは
あくまでも「今」を基点とした
過去の人生の集大成ですので、

それに囚われすぎると言う事は、
過去の1本道の方を見つめながら
未来に向かって歩いている
いわゆる「後ろ歩き」みたいな物ですね。


だから制限される事が無い未来に向かって
歩いているはずなのに、行き先が見えず
どこか縛られている様に感じてしまい

自分の背中を後押ししてくれる筈の
過去の様々な経験を
正面から全て抱え込む事になるから

心の余裕が無くなってしまい
夢や希望を持つ事を
忘れてしまうんですよね。


自分自身の夢や希望を心に抱いて
未来に向かって歩いているからこそ

過去の様々な経験が優しい風となり
自分の背中をそっと後押ししてくれる
糧や力になると想うんです。


一人一人誰のもとにもこの風が、
生きた証という名の1本道から
吹き寄せて来ていますので

それを、
向かい風と感じず
追い風として受け止める事が

未来に向かって
夢や希望を抱く為の
1つの切欠になるんじゃないかって
想っています。

ナギさん
いつもありがとうございます。

ナギさんから頂くコメントが
改めて色々想いを巡らせる切欠になり

今まで読み飛ばしていた大切な事に
気が付く事が出来ました。


これからもよろしくお願いいたします。

投稿 せいちろ | 2007年12月28日 (金) 12時23分

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